今からおよそ1200年前に、日光開山の祖と仰がれる”勝道上人”(しょうどうしょうにん)が

日光を訪れました。上人は735年に、現在の栃木県の真岡市(宇都宮市南東)辺りで生まれ

20歳で出家。栃木県(下野の国)にあったと言われる日本三戒壇の一つで、下野薬師に

入門し、華厳・法華経を学ぶ。


後に、人跡未踏の男体山登頂を決意。766年大谷川(中禅寺湖から華厳滝の落ち口までを大

尻川、流れ落ちてから大谷川となり、その後、鬼怒川となります)の辺りに四本竜寺を

建てて日光開山の基礎を築く。翌年4月に登頂を目指しましたが、悪天候・悪状況に

阻まれ断念。782年、3回目にして山頂を極める。

勝道上人像

中禅寺湖から流れる大谷川の左岸に建っていたとされる華厳寺から名付けられたのでは

ないか。また華厳寺は、空海の弟子の真済が820年に建てた「法華密厳寺」が華厳寺だと

され、その寺の近くにあったことから”華厳滝”と誰かが呼ぶようになったと言われています。
華厳滝という名の最も古い出典は、1640年完成した「東照大権現仮名縁起」(国指定重要

文化財)の中に、華厳滝と言う霊地があって、華とは、この水がキラキラと朝の太陽にきらめ

く姿であり、また、1696年天佑が著した「日光山堂社建立記」の中に、滝の岩上に

ヤシオツツジが茂り、華麗に滝を飾っているかのようでと言う表現から、その名がついたの

ではないかといわれています。
この「江尻滝」が華厳滝と呼ばれるようになった由来には二つ説があります。
栃木県の都賀郡に「華厳」という仏寺を建てて

民衆に説法。807年の干ばつの際、役人に雨乞いを

頼まれ、男体山頂に「江尻滝」と伝わる場所で祈祷

すると、たちまち雨が降ったそうです

この「江尻滝」が現在の華厳滝と言われています。